料理好きとしても知られ、かつて料理本を出したり、オリジナルソースのプロデュースをしたり、最近では料理番組のホストを務めるなど、その活躍の幅を広めているケリス。今作は、そうした彼女の一面が音楽にも投影された形になったのかもしれませんね。
さて、前作の大胆なEDM化から4年経ち、今度はどんな音楽を聞かせてくれるのか、もう誰も予想できなかったと思うのですが、フタを開けてみたら、「あらまあ」と驚くほどの直球なソウル・アルバムでした! 元々ソウルフルな歌声の持ち主なだけに、こうしたアプローチには全く違和感がないのですが、どちらかといえば尖ったサウンドで勝負してきた彼女だけに、いまのこのタイミングでこうしたオーソドックスとも言えるスタイルに回帰したのは、意外ではありました。
今作は「ニンジャ・チューン」というインディー・レーベルからのリリースになります(というか、前作まではメジャーでのリリースだったんですね!)。イギリスのレコード会社ではありますが、これまでも本国よりもイギリスでヒットを多く飛ばしてきた彼女だけに、これも納得な気がします。そして、注目すべきは、今回はデイヴ・シーテックという人物が全面的にアルバムをプロデュースしているということ。デビュー作が全面ネプチューンズ仕様だったこともあり、こうしたガッツリタッグを組んでのやり方は初めてではないものの、思わず「誰それ?」と言ってしまうほどになじみがなく、検索しないとその正体がわからないほどにはR&B系じゃない人選だったりします(これまで手がけてきたアーティストリストを見てもほとんどロック分野で、ラッパーのワーレイの作品に参加しているのが例外的なぐらいですね)。
ということで、やはりメインストリーム的なものからは距離を置くスタンスが顕著なケリスらしい、新たな環境にて制作された今作の内容をさっそく見ていくことにしましょう。
(1)Breakfast
ラッパーのナズとの間に設けた子供の声から始まるオープニング。サウンドは生音主体のオーガニックなサウンドで、ホーン・セクションも心地よく響くソウルチューン。冒頭に出てくる「ありがとうって言いたいの。あなたって一人の男性以上の存在だったわ」とフレーズは、我が子へ語りかけるようでもあり、恋人への愛のことばのようでもあります。
(2)Jerk Ribs
アルバムからのリードシングル。パーカッションとホーンがどっしりの鳴り響くナンバー。タイトルのジャークリブスというのは、たぶん料理名だと思うのだけど、歌詞にはそれを連想させるようなフレーズは一切出てこず・・・何かのメタファーなのか、よくわかりません。
(3)Forever Be
こちらは、ハネるようなピアノの音に、ホーンとストリングスも加わって、華やかな雰囲気。ケリスも永遠の愛を高らかに歌っていて、キマっていますね。
(4)Floyd
ここでトーンダウン。どっしりとウッドベースとドラムに合わせて気怠いヴォーカルを披露するケリス。音数は徐々に増えていくものの、スモーキーな雰囲気は一貫していて、彼女ならではの独特な世界観が表現されているように思います。
(5)Runnin'
これまた気怠い雰囲気。ソウルというよりブルースといった面持ちの曲で、ハスキーな彼女のヴォーカルが見事にハマっていて、カッコイイです。
(6)Hooch
ブルージーでファンキーでもあるギターとホーン、そしてハスキーなヴォーカル。これはもう狙ってますよ。歌詞は何について歌っているのかわかりにくいんだけど、まあ、「それはさておいて」と言いたくなるような、そんなノリかもしれません。
(7)Cobbler
ここでまた曲調がちょっと変わります。パーカッシヴなビートに合わせて、前のめり気味な歌いまわしやささやくようなヴォーカルを披露。後半では、マライアばりのホイッスル歌唱も披露するなど、意外にも引き出しが多いことをアピール。しかし、ここでも「コブラー(フルーツパイの一種)」に関連する歌詞は出てこず・・・なんかこじつけ感のあるタイトルですね。
(8)Bless The Telephone
アコギが主体、男性とのデュエットのような形のフォーキーな小曲。ラビ・シフレというシンガーのカバーで、2分30分で終わります。マニアックな選曲ですが、インタールード的な感じでしょうね。
(9)Friday Fish Fry
再びアッパーなモードに戻ります。「言ったでしょ、ゲームは終わったのよ」と啖呵を切るようなフレーズから始まり、フックでは「わたしが欲しいと思うものをちょうだいよ」と繰り返される、強いオンナの歌ですね。しかし、ここでもタイトルと歌詞の関連性が・・・???
(10)Change
何かの映画の劇中で流れてきそうな(しかも西部劇みたいな颯爽としたやつ)、そんな雰囲気の緊張感のあるトラックです。
(11)Rumble
セカンドシングルとして先行公開された曲です。曲調はピアノとドラムス、ホーンがずっしり響く本作の特徴的なアプローチではありますが、歌詞は「ねえ、お願い行かないで」と別れた相手への未練を歌ったような、物悲しげな雰囲気。ナズとの離婚を経験している彼女だけに、こういう歌詞は妙にリアルに響きますね。
(12)Biscuits n' Gravy
独特なピアノのループが繰り返される一曲。後半まではピアノとドラムスだけの静かな展開で、そこからホーンが入り、一気にドラマティックな流れになります。歌詞はちょっと哲学的な感じのする内容ですね(当然ですが、タイトルとの関連性は…)。
(13)Dreamer
アルバムのラストは、浮遊感のあるトラック。ヴォーカルにもリバーブがかかって、不思議な後味を残して曲は締めくくられます。
全13曲収録。全編を通して生音で構成されていて、特にホーンの使い方に特徴があるのが今作といえると思います。
EDMでクラブクイーンを狙った彼女だけに、今作の「転向」は衝撃的ですらあるのですが、意外性のあるプロデューサーの起用といい、時流無視のR&Bとも形容しがたいような生音主体のソウルフルなサウンドといい、やはりケリスは一筋縄ではいかないなと、改めて思いました。インディーならではの試みだと思うし、シンガーとしての魅力が十分に発揮された力作なのではないかと思います。
最近のR&Bに食傷気味な方にはハマるかもしれない、そんな作品と言えそうですね。
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