それは、わたしが洋楽に興味を持ち始めた時期に彼のアーティストとしての存在感がすでに「過去のもの」になりつつあったからもしれません。わたしにとって、マイケルといえばデーヴ・スペクターに事あるごとにワイドショーでネタにされる海外セレブというのが、まず思い浮かぶことで、彼の素晴らしい音楽やパフォーマンスを知らなかったわけじゃないけど、いまみたいにyoutubeもない時代に、彼の偉大なる遺産に触れることなく、時間は流れていったというのが、正直なところでしょう。
英語では"posthumous"ということばが使われたりしますが、本作は「死後」2作目となるアルバムです。前回の『Michael』は、正直言うとあまり興味が湧きませんでした。訃報の前にも新作制作の話題はずっとあったわけで、ああいう作品が出てくるのはある意味当然みたいな部分もあったけど、まあ、いままでマイケルにそんなに興味なかったのに急に手を伸ばすなんてことはあり得ず、また先行リリースされたいくつかのシングルなんかも、ちょっとどうなんっていう思いがあったんですよね。
しかしですね、今回はすぐに購入しようと思いました。それは、純粋に事前に公開されたアルバム収録曲を聴いて「カッコイイ」と思ったからです。「ちゃんといまの音になっている」というわけですね。それに、ヴォーカルもあのマイケルだし(前作のはちょっとヴォーカルに難がありましたよね)。そして、その立役者の一人がティンバランドであるのを知って「おー」ってなったのです。やっぱり、彼の生み出すサウンドは特別ですから。
おもしろいことに、今回は膨大な未発表音源の中から、わずか8曲だけがピックアップされた形になっているのですが、デラックス盤には現代風にアレンジされた正規の楽曲に加え、オリジナルの音源をまるっと収録するという特典付き(制作の裏話が聞けるドキュメンタリー風のDVDもついています)。ファンにとっては、両者を比較できるというおいしい聞き方ができるし、実際に比較することでどのようにオリジナルが現代化されたのかが誰にでもわかるようになっているというのは、実に挑戦的な試みだと思います。だって、こんなのプロダクションに自信がなかったらとてもできないでしょ。
ということで、さっそくこの期待の本作の中身に移っていきたいと思います。
(1)Love Never Felt So Good
一番最初にこの曲がリリースされたのは1984年、ジョニー・マティスというシンガーによるもので、マイケル自身はその前年にポール・アンカとタッグを組んでデモを制作していました。デラックス盤にはこの曲がなんと3つのバージョンで収録されています。ピアノとフィンガースナッピン主体のシンプルなアレンジのオリジナルと、新たにジョン・マクレーンとジョルジョ・トゥインフォートがプロダクションを施した2014年ヴァージョン、さらにティンバランドが手を加えジャスティン・ティンバーレイクも参加したシングル・ヴァージョンの3タイプです。聴き比べるのがまず楽しいのですが、コンテンポライズされたヴァージョンは、原曲のピアノの音を活かしながらストリングスなどを追加することで上品かつ現代風のアレンジになっていて、元々が30年前の音源と言われても全く違和感がない仕上がりになっています。ディスコ・ソウルっぽい感じで聞いていてウキウキした気分になるんだけど、これが、"Blurred Line"とか"Happy"がヒットしている時代性にうまくマッチしているんですよね。よくできていると思います。
(2)Chicago
コリー・ルーニーがソングライティングとプロデュースを担当した曲。デモは1999年頃に制作されたとのことですが、現代版はティンバランドとJロックがプロデュースしています。ダークな雰囲気のとらえどころのないトラックで、ティンバっぽいアクの強いリズムもなく原曲を尊重した作りではあるのだけど、マイケルのクセのあるヴォーカルはしっかり活かされていて、クールなかっこよさを感じさせる一曲です。現代版の方ではほんの少しテンポが早くなっていますね。
(3)Loving You
歴史的名作『Bad』の時期に制作されたとされるミディアムテンポのナンバーで、オリジナルはマイケルが単独でソングライティングとプロデュースを担当。現代版ではティンバランドとJロックがプロダクションを担当しています。リズムセクションが強化されグルーヴ感が増した印象がします。この曲、オリジナルのクオリティも相当に高く、かつマイケルっぽいサウンドだったりするので、好みが分かれるのではないかと思います。
(4)A Place With No Name
アメリカの"A Horse with No Name"のリメイクで、オリジナルは98年頃に制作されたとのこと。現代版では意外にもスターゲイトがプロデュースを担当。あまりそれっぽくないんだけど、かといってオリジナルを活かした作り方と言われたらそういうわけでもなく(オリジナルでは中心的なアコギの音が一切入っていない)、トラックをうまく作り変えたという感じでしょうね。ほんわかしたグルーヴの一曲です。
(5)Slave To The Rhythm
この曲、結構楽しみにしていました。このリズム・プロダクションはわかりやすくティンバランドのものなんだけど、オリジナルの方は本作の総合プロデューサーであるL.A.リード、そしてベイビーフェイスのタッグが担当しているんですね。91年頃の作品とのことで、オリジナルはニュージャックスウィングを意識したような作りになっていますね。現代版は、とにかくマイケルの力強いヴォーカルを更に加速させるようなスリリングなトラックで、これは納得の仕上がりです。
(6)Do You Know Where Your Children Are
こちらも『Bad』期あたりの制作で、マイケルの単独ソングライティング曲。現代版はティンバランドで、シンセの音が増強されて、今風にアレンジされています。それにしても、歌詞の内容は結構シリアスなもので、これもマイケルらしいなあと思ったりします。
(7)Blue Gangsta
こちらもティバランド。8曲中5曲をティンバランドが担当しているって、結構すごいですね。オリジナルは99年頃の制作、トラックはスキの多い感じだけど、現代版はホーンやストリングスの音など追加されて、よりスリリングな展開の楽曲に生まれ変わっています。こちらは、なぜかオリジナル版のPVが公開されています。
(8)Xscape
アルバムの表題曲でもあるラストは、興味深いことにオリジナルと現代版の双方ともにロドニー・ジャーキンスがプロデュースした曲。彼は生前ラスト作である『Invincible』で若くしてメイン・プロデューサーとして起用されたことでも話題でしたが、当時の楽曲を改めてリメイクするというのは、どんな気持ちだったんでしょう。現代版の方では、彼らしいずっしりしたベースサウンドを基調しながら、ストリングスやホーンなどを巧みに取り入れ、ゴージャスな雰囲気に仕上がっています。歌詞は社会派な内容だったりしますが。
デラックスは現代版8曲にオリジナル8曲、ボートラとしてジャスティン・ティンバーレイクとのデュエット版を追加した、全17曲。いまから買うなら絶対こっちだと思います。
ティンバランドをメインで起用したことも影響していると思いますが、とにかく攻めていますね。バラードはなくて、マイケルのアグレッシヴな側面をフィーチャーしたものになっているのがスバラシイです。
そして、ヴォーカルが誰がどう聴いてもマイケルなのが、これもまた今作のポイントじゃないでしょうか。レコーディングの時期の問題もあるけど、歌がしっかりしているからこそトラックを現代化しても違和感がない、ということなのだろうと思います。
この調子であとどれだけ死後作が出るかはわからないのだけど(そういえば2パックも途中で止まっちゃったしなあ)、こういうメリハリの聴いた意欲作なら今後もいろいろ聴いてみたいなと思いますね。
0 件のコメント:
コメントを投稿