母親が日本人とアフリカ系アメリカ人のミックスということで、アジア系の出で立ちが我々にも親近感を抱かせる彼女ですが、現在26歳でありながら、その音楽キャリアは苦節14年を誇る、苦労人でもあります。
彼女が音楽業界に足を入れたのは2000年の頃、姉がGyrlというグループで活動していた縁で、クリス・ストークと知り合いになり若干12歳にしてエピックと契約、当時彼がプロデュースして勢いのあったB2Kのアルバムに参加したりツアーに同行しながら、自身のソロデビューへ向けても準備を進めますが、これが残念ながらお蔵入り。その後、一度音楽活動を休止し学業に専念、彼女の20歳の頃にはR&Bシンガーのオライオン(オマリオンの弟)との間に娘のナミコを授かり、一児の母になります。
それから時を経て、2010年頃から彼女は音楽活動を本格的に再開。まずは西海岸のラッパーの作品にゲスト・ボーカルで参加し知名度を上げます。それも、ケンドリック・ラマーにスクールボーイQにアブ・ソウルと、なかなかに濃いメンツ。そして、自身も2011年に初のミックステープとなる『sailing soul(s)』をリリース、カニエやドレイクまで参加した豪華な作りのこのアルバムが業界で高い評価を得ることになります。そこから、デフ・ジャム傘下にあるNo.IDのレーベル、アーティウム(ARTium)レコーズと契約し、2013年には本作の前哨戦とも言えるEP『Sail Soul』をリリース。全米8位を記録します。
そして、今年になっていよいよ発表されたのが本作というわけですが、すでに業界的な期待値が上がっていた中でのリリースということで、彼女の歌声を知っていた人にとっては、随分と待たされたという気がしないでもありません。プロモーションに十分に時間をかけたと言えそうですが、その効果もあって、本作は初登場全米3位のヒットを記録しています。先行シングルが目立ったヒットをしていない中で、これは大健闘といえるでしょう。
ということで、期待の新人でもある彼女のデビュー作の内容をさっそくチェックしていきましょう。
(1)Limbo Limbo Limbo
いまや新たなR&Bの形として認識されつつあるアンビエントなR&Bですが、2011年の時点ですでにその作風を確立していた彼女だけに、このようなサウンドで幕開けするのは当然といえるでしょう。揺らめくようなシンセの波と、アリーヤに通じるクールでありながら肉感的にリスナーの耳に迫る歌声が、壮大な航海の始まりを告げるようであります。タイトルの"Limbo"にはいろいろな意味があるようですが、「地獄と天国の間」という一般的な語義から、彼女を取り巻くエスニシティや宗教観、複数の世界観の狭間を行きざるを得ない環境を比喩的に表したものではないかと思われます。
(2)W.A.Y.S
EPでは大半のプロデュースを手がけていたブライアン・ウォーフィールドとマック・ロビンソンによるデュオ、フィスティカフス(Fisticuffs)による制作で、爪弾くアコギの音と太いベース音が基調となったサウンド。歌詞はまた興味深くて、"You have gotta lose your mind/Just to find your peace of mind"といったフレーズや"There's really no end/There's really no beginnig"など洋楽ではあまり見ないような仏教思想の影響を感じる歌詞が織り込まれていたりします。タイトルは歌詞にある"Why Aren't You Smiling?"の略でしょうね。
(3)To Love & Die feat. Cocaine 80s
彼女も参加しているヒップホップ・コレクティヴであるコケイン80sを迎えた一曲で、フィスティカフスが制作、メンバーのジェイムス・フォントルロイがコーラスで参加しています。興味深いことに、50セントのクラシック「Many Men (Wish Death)」の一節を引用していますが、メロディーに馴染んでいて言われないと気づかないほどです。
(4)Spotless Mind
ノーIDのプロデュース、この曲もトラック的にはとらえどころのない感じで、彼女の歌声の魅力を最大限に引き出すようなゆらめくサウンドになっています。タイトルは、ひとつの場所に留まること無く動き続ける彼女の心を表しているようです。
(5)It's Cool
こちらもノーID作、ちょっとテンポ感のあるトラックではありますが、リズム隊はやはり控えめ。ミキシングの影響もあるとは思いますが、あくまで彼女の歌声が前にでるように調整されていますね。
(6)Lyin King
フィスティカフス作、タイトルは直訳すると「うそつき王」。「あなたにはわからないでしょうね、良いことなんて一つも」とリフレインしながら、叶うことのない約束をのたまう男に三行半をつきつける内容。だけど、未練もありつつ・・・みたいなところですかね。
(7)Wading
ドット・ダ・ジーニアスのプロデュース、タイトルの"Wading"には川やぬかるみを歩いて行くという意味がありますが、川の流れる効果音から始まるこの曲の歌詞では、困難をくぐり抜けてあなたの元へたどり着く、そんなメッセージが込められているみたいです。そういえば彼女はアートワークやタイトルといい、「水」を連想させるイメージを多用していますね。
(8)The Pressure
リードシングルになります。アンビエントなサウンドに乗せて「プレッシャー」と何度も繰り返されるこの曲、恋愛の曲でありながら、なかなかアルバムをリリースされない状況を表した歌詞とも言われています。そうした表現も彼女が高く評価される一因と言えるでしょうね。
(9)Brave
これもアンビエントなサウンドではありますが、打ち込み一辺倒ではなく、ギターやフレンチ・ホーンなどアクセントになる音を加味することで、独特の風合いを演出しています。
(10)Eternal Sunshine
レコードノイズとピアノ、ストリングスのノスタルジックなサウンド。彼女の歌い方もここではクールというよりはキュート。歌詞も自身の過去を振り返る内容で、ぬくもりを感じさせます。
(11)Promises feat. Namiko & Miyagi
アコギを主体としたミディアムテンポのナンバー。クレジットされているナミコとは彼女の娘であり、ミヤギとは2年前にガンで若くしてなくなった実の兄弟のこと。1番ではナミコへの母として思いが歌われ(ナミコは声でも登場します)、2番では亡きミヤギへの思いが歌われています。
(12)Pretty Bird (Freestyle) feat. Common
最後は、本作唯一のゲストラッパーとしてコモンを起用した一曲で、彼女もラフなスポークンワードから歌へつなげたフリースタイルを披露しています。コモンは曲の後半に静かながら力強いラップで応戦、曲は締めくくられます。
全12曲収録。デラックス版では4曲追加になっています。
正直いうと、一曲一曲をことばで説明するのが難しくて、全編これアンビエントなR&Bなのだけど、その中でも多彩なサウンドが展開されていて、つまりは、アルバムトータルで聞かれるべき作品なのだと思います。
このデビュー作がこれまでの作品と違う点として、ゲストの参加を極力排した作りになっているということがあげられます。コモンやコケイン80sのクレジットはありますが、ゲスト頼りでなくあくまで彼女が主体の作品となっていること、これは評価できると思います。あとは歌詞ですね。ベタなラヴソングというわけでなく、独特な言い回しが多いのも興味深い点です。
一方で、作風としてはとにかくアンビエントな音像ばかりなので、好きな人は好きだろうし、もっとヒップホップ色の強いメジャー感のあるサウンドやソウル系の音が好みのリスナーには、あまり受け入れられないだろうなとも推測されます(ビート感があまりないので)。逆に、普段R&Bとかあまり聞かない人のほうがなじめるかもしれませんね。
個人的には、彼女の歌声はやはり特別で、一服の清涼剤的にリラックスしたいムードの時に聞くのがいいのかなあという感じです。
とにかく、14年の時を経ていよいよメジャー・デビューを果たした彼女の船出を、まずは祝いたいと思います。今後の活躍にも期待しましょう。
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