ケム…彼の名を知っているとすれば、相当にR&Bフリークなのではないでしょうか。そうであるが故に、音楽好きに「ケムとか好きなんだよね」とか言っちゃった日には「あんたどんだけ渋い趣味してんのよ」と突っ込まること間違いなしのアーティスト、それがケムです(笑)
なにせ、この徹底した普遍志向とでもいいましょうか、タイムレスでエバーグリーンなサウンド、土臭いソウルというよりも洗練されたジャジーなソウルを追求したその姿勢は、音楽業界におけるある種のバックラッシュ的な働きを果たしていると言えるものです。そこにあるのは「ただグッドミュージックを届けたい」という志のみ(たぶん)。トレンドへの意識とかクラブで盛り上がろうとか、そんなものへの関心は微塵もありません。
そんなケムが、貪欲に進化をしつづける現代のR&Bに食傷気味なリスナーの心の拠り所となったとしてもおかしくはないでしょう。
さて、ケムとは何者か。国内盤も出ておらず情報が少ない中ではありますが、紹介の意味を込めて少しまとめております。
ケム(本名はキム・オーウェンズ)は、デトロイト出身のシンガー・ソングライターです。ケムを語る上で避けて通れないのが、彼のいくつかの決定的とも言える経験、すなわち、高校卒業後に体験したホームレス生活とドラッグ中毒です。彼はこの経験を通じて、自身のスピリチュアリティを見つめなおす機会を得、そして音楽の道へと進むことになります。90年代の出来事です。
それから月日が経ち、2001年ついにデビュー作『Kemistry』をインディペンデントでリリースします。しかしすぐにヒットしたわけではありません。草の根の音楽活動をしながら徐々に認知度を広めていった彼は、現在も所属しているレコード会社であるモータウンと契約し、アルバムを再リリースすることになります。
このアルバムから最初のヒット曲「Love Calls」が生まれます。主にアダコン系のラジオを中心に話題となったこの曲のおかげもあり、デビュー作は50万枚を超えるヒットを記録します。
その後、2005年にはセカンド・アルバム『AlbumII』をリリース、これがいきなり全米5位の大ヒットを記録、そして5年のブランクを経たサード『Intimacy: Album III』はなんと全米2位を記録。彼にとって最大のヒットになるとともに、グラミー賞で2部門にノミネートされるなど、着実に実績を残していきます。
そんな彼の、クリスマス盤を挟んで4作目を、それではさっそく鑑賞してみたいと思います。
(1)Saving My Love For You
このオープニング、ローズピアノと彼の静かなヴォーカルだけで本当に鳥肌が立つというか、シンプルでこんなに美しいトラックを作れるのはさすがケムと言いたいですね。地味なんだけど、この曲の味わい深さ、素晴らしいです。
(2)Promise To Love
1曲目からスムーズにつながっていく2曲目。パーカッションの音も入って少しテンポアップしますが、雰囲気は1曲目と大きく変わらずほんわかと。ストレートなラヴソングです。
(3)Downtown feat. Snoop Dogg
ケムがラッパーを起用するというのは意外ですが、彼なりのちょっとしたチャレンジ曲と言えそう。ビートの方もうす~く4つ打ちになっていて、あくまでスムーズなサウンドではあるのですが、その中でスヌープのまったりしたラップなんかも入って、ちょっとウキウキした気分になります。
(4)Beautiful World
ベタなピアノとフィンガースナッピン、ストリングスとベタな構成で、歌詞の内容も励まし系の内容。後半に向けてビート感が増し、コーラスも加わって、ゴスペル風に展開していきます。
(5)Do What You Gotta Do
この曲ではギターの音が入っていますね。パーカッションが入ってトラックにグルーヴ感がありますが、ケムのヴォーカルはあえて力を入れず軽く流すような感じで、さらっと聞いてしまう曲かなっという気がします。
(6)Say Something Real
ファンキーなベース音に途中からホーンが加わり、緩急つけた生音のグルーヴ感が強調されたトラックです。夜が似合う音といった面持ちです。「ねえ、本当のことを言ってよ」と、歌詞は一筋縄では行かない恋愛模様といった感じですかね。
(7)My Favorite Thing feat. Ronald Isley
昨年リリースのロナルド・アイズリー御大のアルバムに収録されていた、ケムとの共演曲を再録。この流れでこの曲が入っていても全く違和感がないというのがすごい。誰と共演しようがやっぱりケムのサウンドに変わりないということの証明かもしれないですね。
(8)It's You
本作からのリードシングル。ロマンティックなケム再びです。「シュドュドュッドュー」とかベタなコーラスワークも交えつつ、スムーズなグルーヴで愛を歌い上げています。
(9)The Soft Side of Love
曲名で「ソフト」って言っちゃってますからね。そのまんま、彼のソフトなヴォーカルを堪能できるサウンドですよ。
(10)Nobody
ソフトな歌いまわしとドッシリとした歌いまわしを使い分けられるのが彼のヴォーカルのうまみかもしれませんね。この曲では、しっかりとしたヴォーカルを披露していますが、地味です。
(11)Pray For Me
スタンダード盤ラストは、ギターと歌のみ。途中で他の楽器が入るかと思ったけど、最後までそのまま突っ切る感じでした。意表を突く終わり方でした。
全11曲収録。これまで通りのコンパクトな構成になっています。デラックス盤では2曲追加されています。
驚くべきことに、この新作も全米チャートでは初登場3位のヒットを記録しています。彼の根強い人気を証明する形となりましたね。
今作を聞いての感想として、やっぱり彼はブレないということ。どこまでもケムは自身のサウンドを追求しているのであり、それが時代とマッチしていようがいまいが関係ないんですよね。それがわかる内容だと思いました。
地味だし、わかりやすいフックがあるわけでもなく、オトナのサウンドではありますが、秋の夜長に落ち着いて音楽を楽しむにはもってこいの、そんなアルバムではないでしょうか。
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