2014年12月5日金曜日

Mary J. Blige『The London Sessions』(2014)

メアリーJ.ブライジの今年2作目となるニュー・アルバムがいよいよリリースされました。通算13枚目。齢43にして、いま脂が乗っているといってもいいかもしれません。

しかし、正直いうと、個人的にはかなり不安がありました。以前別記事で書いたことだけど、ここ最近のメアリーといえば、サントラ盤にクリスマス盤に、そしてタイトルそのままにロンドンで制作された今作と、企画物が続いています。この動きというのはある種の賭けとも言えるもので、40歳を越えて新たな試みに挑もうとしているR&Bレジェンドの果敢な姿勢の現れとも捉えられるし、しかしながら一方で仮に商業的に失敗したとしても「企画物だから」という逃げ道のあるリスクヘッジに基づいたものとも言えるわけです。サントラが大コケした後だけに、果たして今回はどうなんだろうと、発売前からドキドキさせられました。

振り返れば、正統的なオリジナル作である『My Life II』(2011年)は、いまいち垢抜けない作品でした。続き物がオリジナルを越えられないという定説を、あざとくも証明するような形になってしまったわけです。そこで、メアリー自身も何か感じたのでしょう。企画物を続けることで、アーティストとして何か新しい自分を見出そうとしたのかもしれません。一線で活躍し続けることの難しさですね。

ここで、このアルバムの背景を一応紹介しておきましょう。この企画の発端となったのはイギリスのエレクトロデュオ、ディスクロージャーの「F For You」のリミックスへのヴォーカル参加でした。これ自体なかなか斬新な組み合わせではありましたが、このリミックスのヒットを機に、メアリーはディスクロージャーとEPを制作できないか画策します。そして、新たなサウンドを求め、彼女は1ヶ月のロンドン滞在を決め、そこで現地のミュージシャンとのコラボレーションを重ねることになります。その成果が今作というわけです。アルバムの制作にあたっては、旧知の仲であるロドニー・ジャーキンスが音楽面での指揮を取ることになるのですが、よくもこの短時間でこれだけのプロジェクトを完成させることができたなあと思いますね。彼女がロンドンに滞在していたのは7月ですからね。どこまで彼女が動いたのかわからないけど、今作のためにキャピトルと契約まで結んでいるわけで(ちなみに企画盤ではヴァーヴ、エピック、キャピトルとレコードディールを替えていますが、インタースコープとの契約はもう切れたんでしょうか?)、そう思うとこの行動力はさすがと言えます。

前回のサントラとは違い、今回はプロモーションもたっぷりと行われました。9月にはiTunes Festival
への出演を果たしたほか、各種テレビへの登場もありました。しかし、残念なことに、先行リリースされたシングルはどれもチャートインせず、という厳しい結果に。R&Bシーン自体の停滞という側面もあるかもしれませんが、この反応の薄さは想定外だったかもしれません。

しかし、延期することなく今作は無事に発売されました。これは潔いことだと思います。何はともあれ、この待望の新作の中身を紐解いてみることにしましょう。

(1)Therapy
今年大ブレイクしたサム・スミスがソングライティングとコーラスで参加、彼のアルバムにも参加していたエグ・ホワイト(Eg White)がロドニーらとプロデュースしたオープニングは、まさかにドゥーワップ調のナンバー。確かにこれまでのメアリーがやりそうにない意表をつく曲だけど、全く違和感ありません。期待を高める出だしですね。アルバムからのリードシングルでもありました。
(2)Doubt
ライティングクレジットにあるサム・ローマンス(Sam Romans)という人の名前は初めて聞いたのだけど、調べてもロック・ネイションと契約している若手シンガー・ソングライター意外のことはあまりわからず・・・。大らかなピアノのサウンドにストリングスが交わる壮大なバラードです。これもR&Bのフォーマットから外れた感じですが、メアリーの伸び伸びとした歌声と相まって、聞いていて気持ちがいいです。

(3)Not Loving You
バラードが続きます。メロディーラインからして「これはサム・スミスだろうなあ」と思ったらその通りでした(笑) そのまま『In The Lonely Hour』に収録されていてもおかしくなさそうな、わかりやすい歌い上げ系の一曲です。これは染み入りますね。

(4)When You're Gone
今度はアコギ一本から始まるバラード。ここまでバラードで攻めてくるとは意外ですが、コーラスも最小限に情感たっぷりに歌い上げるメアリーが悪いわけありませんね。

(5)Right Now
いよいよここからギアが入ります。ディスクロージャーとタッグを組んだこの曲、ベタにエレクトロ調のダンストラックというわけでなく、あくまでメアリーに合わせて制作されたトラックという印象で、これは新機軸でカッコイイと思います。クールなメアリーですね。
(6)My Loving
こちらは、ロドニー・ジャーキンスが手がけたトラックで、ディスクロージャーよりもベタにエレクトロ・ハウス調なのにはビックリです。

(7)Long Hard Look
Craze & Hoaxというデュオによる手のトラックで、アルバムの中では中道というか、一番R&Bっぽいような仕上がりに思えます。

(8)Whole Damn Year
エメリー・サンデがソングライティングに参加したセカンド・シングル。これもピアノが主体のバラードで、あまり盛り上がりはないけど、メアリーが語りかけるように歌う切なさ全開の一曲。歌詞の内容もこれぞメアリーといった感じで、「心の痛み」について歌われており、PVでもそれが表現されています。

(9)Nobody But You
再びハウスサウンドへ。UKでいまこの手のサウンドが流行っているのかどうかよくわからないんだけど、現代的というより少し懐かしい感じさえするトラックで、疾走感があるんだけどあくまでメアリーのヴォーカルが主軸になっているというのがいいですね。MJコールがプロデュース。

(10)Pick Me Up
ノーティー・ボーイのプロデュース作で、ベタなピアノにサックス?の音が入ってちょっとひねりがありますが、ノリとしては(9)に通ずるものがあります。ハウス調のトラックです。

(11)Follow (Mary J. Blige & Disclosure)
ディスクロージャーとの2曲目の共演。この曲はよりクラブを意識した感じがします。曲自体も淡々と進行していく感じで、かなりクールな仕上がりですね。アングラ感が強いです。

(12)Worth My Time
最後はドッシリとバラードで締めくくりです。ピアノが主体で、薄くストリングスの音が入り、メアリーの温もりのある力強い歌声が響き渡ります。


全12曲。大作が多い彼女にしては、コンパクトな仕上がり。

興味深いのは今回のアルバム、いわゆるエレクトロ・ハウス調のダンストラックとバラードという真逆とも言えるサウンドを1つの作品の中に収めたということ。しかも比率的にほぼ半々。なぜそうなったのかわかりませんが、これが彼女がロンドンで受け取ったものということなのでしょう。

言わずもがな、従来的なR&Bサウンドはこのアルバムには見当たりません。心染み入るようなバラードと、尖ったエレクトロサウンドの融合によって成り立つこのアルバム、リスナーによって評価が分かれるかもしれませんね。

個人的には、エレクトロチューンに関しては、過去に『Dance For Me』(2002年)というリミックス作を出しているメアリーだけに、特に違和感はなかったのだけど、逆にコンセプト的にもっと前面に押し出してもよかったのではないかという気がします。というのも、それ以外のバラード曲の出来もいいのだけど、ただ一方であまり「ハミ出した」感じがないのですね。従来のリスナーにとっては安心材料ではあるけど、どこかで逃げの部分を作ってしまっているような気もするのです。

いま、メアリーに必要なのがあの大作のタイトルである『The Breakthrough』であるとするならば、もっと尖っていてもよかったのではないかという気もします。

もちろん、逆の見方、つまり歌心を取り戻すという意味でバラードだけに専念すればよかったという考えもあるでしょうね。

ただ、結果としては、どちらも採用しなかったわけで、これがいまのメアリーということなのでしょう。

本作を巡ってはいろいろな評価があるみたいですが、わたしにはここ最近でベストな作品だとは思えませんでした。それは、どこかで"Queen of Hip-Hop/Soul"としてのメアリーにいまなお期待しているからかもしれません。リリースラッシュの後で、しばらくアルバムを制作しない可能性もあるけど、次にアルバムを出すなら、またストリート感のある熱いR&Bを聞かせて欲しいわ・・・と本作を聞いて改めて思いました。



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