2014年2月11日火曜日

Macklemore & Ryan Lewis『The Heist』(2012)

マックルモア&ライアン・ルイス。彼らの快進撃が止まりません。

先日行われた2014年グラミー賞においても、ベスト・ニュー・アーティスト、ベスト・ラップ・アルバム、ベスト・ラップ・ソング、ベスト・ラップ・パフォーマンス、ソング・オブ・ザ・イヤー、アルバム・オブ・ザ・イヤー、ベスト・ミュージック・ビデオの7部門でノミネートを受け、前者3部門で見事受賞しています。

特筆すべきは、ラップ4部門中で3部門を制覇したこと。ケンドリック・ラマーやジェイZ、ドレイクなど強力なライバルを押さえての受賞ということで、これは業界にとっても衝撃と言っていいほどだと思います。というのも、彼らがヒップホップのコアなファンから熱烈な支持を受けているかと言われると、決してそうとは言えそうにない、という複雑な事情があるからです。

たとえば、ケンドリック・ラマーはどうなのかというと、これは誰もが認めるヒップホップ界のニュー・ヒーローです。あのラップモンスター、エミネムの最新作においても唯一ラッパーとして参加を許されたのが彼だったわけですが、いまや彼の参加は作品に泊をつけるほどの存在になったと言えるでしょう。かつてほどクルーを意識しなくなったエミネムが、若手をフックアップするという必要もない状態で、いま敢えて彼を選んだのだから、それがどれだけ特別なことか想像に難くないと思います(まあ、実はアフターマスつながりではあるのですが)。

一般に、ラッパーが支持されているかどうかの指標として、「どれだけ他アーティストの作品に呼ばれるか」というのがあります。もちろん、エミネムみたいなアーティストの場合、逆に大物過ぎて易々と共演しない(下手に絡むと主役食いのおそれがある)ということもあるのですが、2チェインズやフューチャー、ラマーといったアーティストの「客演の多さ」を見ると、いまの業界のトレンドというのがどこにあるのかよくわかるというものです。

では、彼らはどうなのか。それが問題ですね。

結論から言うと、他アーティストとの共演というのは極めて少ない、ということになります。しかし、それはこれまでの話であって、これからは変わるかもしれません。

ただ、彼らがここまで突き抜けたのは、おそらくそういう王道的なブラックネスをまとったラッパー達とは一線を画したというか、別のところからのし上がったということが逆に大きいと思うんですよね。それは、ヒップホップ業界における「人種的問題」にも絡んでいるのですが、そういうラップを愛好するコアなファン層とは違うところから支持を得て行ったところが、彼らの斬新さと言えると思います。

改めて、いろいろなサイトで紹介されていますが、彼らのこれまでの道筋を簡単にまとめておきます。残念ながら、ここまでヒットしていて来日も決まっているのですが、いまだに国内盤は出ていない状態だったりするのでね(いや、このブログ読むような人って、そういうのにお金払わなry)。

まず、このユニット名のやる気のない感じがおもしろいですが、文字とおり、マックルモアさんとライアン・ルイスさんのユニットです。まず、マックルモアですが現在30歳、シアトル出身でルーツはアイルランド系とのこと。初めてラップを書いたのは14歳のとき、かつてはプロフェッサー・マックルモアを名乗り、2000年にはEPを制作、2005年にLP(『Open Your Eyes』)をインディペンデントでリリースしています。2006年頃にライアン・ルイスと出会い(最初はフォトグラファーとして)、そこから徐々に音楽的なコラボレーションを深め、2009年~2010年にはデュオとして2枚のEP(『The VS EP』『The VS Redux』)をリリースしています。その後、彼らはデュオとして制作を続け、2012年の10月にいよいよこのアルバムをリリース、いきなり全米2位の大ヒットを記録して一躍注目を集めることになります。

一方のライアン・ルイスは現在25歳、同じくシアトルの出身で、プロデューサー、DJであると同時にプロカメラマンとしてのキャリアもある多才な人です。ただ、年齢からもわかるように、それほど下積みがあるわけではなく、マックルモアと組んでいきなりブレイクしてしまったということだと思われます。

そんな二人がリリースしたこの『The Heist』ですが、なんとインディーズでのリリースです! すでにインディーズ作品が~とかいう時代ではないかもしれないけど(だって、グラミー受賞者の50%がインディーズって話があるぐらいなので)、まあ、アングラ止まりなアーティストも数多いるなかで、よくここまでブレイクで来たなあというのが本音でしょう。それだけ、楽曲が良かったということなのだと思いますが。

そして、そんな事情もあって、日本ではいまだに国内盤が販売されていませんね。今後も出るかどうかわからないけど、キャッチーな楽曲が多いから、日本でもプロモーションしたら十分に売れる可能性あると思いますよ、これ。やっぱり権利関係が難しかったりするのかあ?

ということで、前置きが長くなりましたが、本編のレビューに参りましょう。全曲ライアン・ルイスがプロデュースしています。

(1)Ten Thousand Hours
直訳すると「10000時間」というタイトル、これはマルコム・グラッドウェルという著名なアメリカのコラムニスト(日本ではあの勝間和代が翻訳して紹介されています)が提唱する1万時間の法則のことを指しています。この法則をお題に、自分自身のラッパーとしてのキャリアをラップしたのが、この曲というわけです。女性コーラスが柔らかい雰囲気ですが、マックルモアのラップは力強いですね。

(2)Can't Hold Us feat. Ray Dalton
昨年大ヒットし全米1位を記録したサード・シングルですが、リリースされたのはアルバムリリース前の2011年。ブレイクのきっかけとなった(3)を受けて、再度注目を浴びた形になります。曲は、非常にポップな仕上がりで、狙い目もトレンドとは別のところにあるので最初に聴いた時は新鮮な感じがしましたが、そういう曲だからヒットしたということなのでしょう。メッセージもとてもポジティヴで、「天井が耐え切れないくらいに手を上に挙げよう」というフックがアップテンポな曲調とマッチしています。フィーチャーされているレイ・ダルトンさん、まだこれからの人だと思いますが、彼もいい味わいを出していますね。

(3)Thrift Shop feat. Wanz
こちらはアルバムからの5枚目のシングルですが、これぞブレイクのきっかけとなった彼らの代表曲の一つですね。間の抜けたサックスの音が印象的な引き算系のシンプルなビートに乗せて、マックルモアがリサイクルショップを題材にラップを繰り広げる、型破りな曲。マックルモア自身がリサイクルショップ愛好家でもあるそうですが、庶民派イメージと同時にブランド指向批判でもあるこの曲は、ヒップホップというフォーマットに乗っかりながら、ブランド名をラップしながら成金ストーリーをちらつかせる一部ラッパーへのオルタナティヴとしてもよく作用しています。サウンドも歌詞もおもしろく、ヒットするのがよくわかる、本当によくできた曲です。

(4)Thin Line feat. Buffalo Madonna
こちらもシンセとシンプルなビートの組み合わせ、引き算系のトラックで、恋愛について歌われた彼のラップもどこか控えめな感じがします。まあ、失恋というか彼女への未練を歌った内容なのでそうなるでしょうが。

(5)Same Love feat. Mary Lambert
前半から重要曲が次々と飛び出すのがこのアルバムの凄さですけど、この4枚目のシングルのインパクトは特筆すべきでしょう。タイトルからも想像される通り、同性愛について歌われた内容、そして未だにホモフォビアとミソジニーがはびこるヒップホップ・コミュニティへの痛烈な批判になっています。ピアノ主体のしっとりとしたサウンドで、レズビアンであることを公表しているメアリー・ランバートの歌声が優しくも心に染みる、そんなぬくもりのあるナンバーですが、彼らの勢いもあって、この曲もダブルプラチナの大ヒットを記録していますね。このタブー的なテーマをヒットさせたのは、本当にスゴイことだと思います。
(6)Make The Money
ヴォーカルなしでマックルモアのラップだけで突き進む3分44秒。彼自身のラッパーとしての矜持を歌ったような内容で、「お前が金を生み出すんだ、金にお前を生み出させるな。お前がゲームを変えるんだ。ゲームにお前を変えさせるな」と、自分の信念と貫くことの大切さを熱く説いています。

(7)Neon Cathedral feat. Allen Stone
サウンド的には地味な流れが続きます。フィーチャーされているアレン・ストーンはワシントン出身のブルー・アイド・ソウル系シンガーで、とても味わいのあるヴォーカルを披露しています。歌詞の内容はアルコールについてで、かつてマックルモアがリハビリ施設に入るほどのアルコール中毒だったことを反映した表現になっています。

(8)BomBom feat. The Teaching 
5分弱にも及ぶインスト。ライアン・ルイスのソロワークということになります。映画のサントラに入ってそうな雰囲気がします。

(9)White Walls feat. Schoolboy Q & Hollis
通算6枚目のシングルとしてリリースされ、R&B/HIP-HOPチャートで3位まで上昇した最新ヒット。マックルモアが好きな車であるキャデラックをネタにラップした曲。高級車だそうですが・・・車の話ってよくわかりません(汗) フィーチャーされているスクールボーイQは、西海岸出身のラッパーで、ケンドリック・ラマーと同じレコードレーベルに所属し、今後の活躍が期待されている注目株の一人です。

(10)Jimmy Iovine feat. Ab-soul
曲名は人名です。日本語表記ではジミー・アイオヴィンでしょうか。プロデュースでありインタースコープ・レコードの社長のことを指しています。内容はメジャーレーベルとの契約「失敗」の話で、実際にマックルモアは彼に会ったことはなく、ある象徴的な人物としてフィクショナルに描いたとのことです(→英語ですがこちらのインタビューでそう答えています)。にしても、前作に参加しているスクールボーイQはインタースコープと契約してるアーティストなんだけど・・

(11)Wing$
アルバムからのセカンド・シングル。この曲もとても挑戦的な曲です。サウンドとしては、前半は重たいピアノの音、そしてストリングスが主体のクラシカルな面持ちのトラックで、フックはちびっ子のコーラス、徐々に盛り上がる感じなのですが、歌詞の内容はスニーカーのナイキをお題に、ある種のブランド志向や消費主義がもたらす弊害に警鐘を鳴らすもの。幼いころに経験したナイキのスニーカーを履くことの高揚感を表現したパートから一転、「友達のカルロスの兄弟が、ナイキの靴を履いていたために殺された」というラインによって曲は一気にシリアスなモードに変わります。ナイキだろうが安物だろうが靴は靴でしかない、どんな靴を履いているかによってその人自身が決められるわけではない、という彼なりのメッセージが込めらています。

(12)A Wake feat. Evan Roman
ちょっとコケティッシュな雰囲気のする女性シンガーの声に合わせて、サウンド的にはおしゃれな雰囲気を醸し出していますが、内容は彼自身の過去(特にドラッグやアルコール中毒)と向き合いながらもそこから決別していくというメッセージを込めたもの。それが「目覚め」と表現されていますね。

(13)Gold feat. Eighty4 Fly
ほのぼのとしたサウンドに乗せ、タイトル通り、ゴールドという名のつくさまざまなモノに言及しながら、ゴールドということばにいろいろな意味を持たせたラップを披露しています。

(14)Starting Over feat. Ben Bridwell of Band of Horses
アルバムも終盤に差し掛かったところで「始まり」の歌です。これも、内容としてはかつてのアルコール中毒から立ち直ることをラップしたもの。この中毒からの生還というモチーフが、一度挫けてもまたやり直せるというメッセージとなって昇華されていますね。

(15)Cowboy Boots
ラストはカントリー的な要素を加えたミディアムナンバー。マンダリンの音とおっさんコーラスがそれっぽさを醸しだすのだけど、全編そうというわけでなく、隠し味的に導入しているのがミソですね。


全15曲収録。バラエティーに富んだ内容だと思います。

全体として、ポップな要素をうまく溶けこましつつも、ダンサブルな方向性に流れずヒップホップ的なフォーマットに落としこむライアン・ルイスのトラックメーカーとしての才能に感嘆しつつ、マックルモアのコンシャスでありながら王道とはやや外れたラッピングスタイルに舌を巻く、といった感じ。トータルで彼らならではのスタイルとして才能が結実した傑作だと思いました。

中盤から後半にかけて、比較的地味な音像が続くので、インディーズっぽいな~という印象も最初聴いたときはあったのですが、聞いているうちに徐々になじんできました。いわゆるメジャーなヒップホップの音とは違うことは決してマイナスには評価されないと思います。

アメリカのヒップホップって、なかなか日本ではポピュラリティを得るのが難しかったりするのですが、彼らならその例外になる可能性は十分あるでしょう。今後の躍進にも期待したいところですね。




0 件のコメント:

コメントを投稿